ホームページの話になると、業界の側から必ず出てくる言い方があります。
そろそろデザインが古いので、作り直しませんか。
競合さんはもう新しくされていますよ。
この言葉を、意味を変えずに言い直してみます。
当社は制作の仕事がほしいです。
御社が発注に踏み切るための理由は、こちらで用意しておきました。
念のため申し上げますが、私はこれを悪いことだとは言っていません。
制作会社は作ることで食べている商売です。
作らなければ売上が立ちません。
すでに取引のあるお客様に対して、作り直す理由を先回りして用意しておくのは、商売として当たり前の行動になります。誰かが悪意でやっているわけではありません。
問題は、まったく別のところにあります。
作り直す理由を、発注する側が自分で持っていないことです。
持っていないから、相手が用意した理由を、そのまま自分の理由として口にすることになります。
古くなったから。
競合が新しくしたから。
この二つは、よく考えると、どちらも自社の事業の話ではありません。
デザインの流行の話と、よその会社の話です。
その二つを理由にして、数百万円の判断が動いていきます。
社内では、だいたいこういう会話から始まります。
社長。うちのサイト、そろそろ古いよね。
担当者。そうですね。同業のあの会社さん、去年変えてました。
社長。いくらくらいかかるものなの。
担当者。何社か見積もりを取ってみます。
この短いやりとりの中に、誰に何をしてもらうサイトなのか、という言葉が一度も出てきません。
出てこないまま、見積もりの依頼だけが外に出ていきます。
そして制作会社との一回目の打ち合わせで、こういう場面になります。
制作会社。今回のゴールは、どのあたりに置きましょうか。
社長。まあ、問い合わせが増えればいいかな。
制作会社。承知しました。ではお問い合わせ件数を、成果の指標として置いておきますね。
社長。うん、それでお願いします。
この十数秒で、いちばん重い仕事が社外に移ります。
誰に何をしてもらうサイトなのかを決める仕事と、何を数えて成功と呼ぶのかを決める仕事です。
どちらも、本来は発注する側にしか決められないものになります。
制作会社は、決めてくださいと言われれば決めます。
それが不誠実なのではなく、空白を埋めるのが仕事だからです。
ここで、体質の話をします。
誰も手を抜こうとは言っていません。
決めないまま進めようと決めた人も、社内に一人もいません。
ただ、決めなくても制作は進んでしまいます。
むしろ、決めないほうが社内は平和になります。
誰に、と絞った瞬間に、絞られた側から外れる部署が出てくるからです。
営業部の顔も立てたい。
採用のページも入れたい。
会社の歴史も載せたい。
全部載せれば誰も文句を言いません。
かわりに、誰にも刺さらないものができあがります。
その結果として世の中に出てくるのが、トップページに事業紹介と採用情報と社長挨拶とお知らせが全部並んでいる、あのサイトです。
ここからは、私が実際に相談を受けたときの話です。
ある方が、ご自分のやっていることを、言葉で熱心に語ってくださいました。
語り続けてくださること自体は、私はいいことだと思っています。
自分の仕事に自分で意味を見いだしている人でなければ、そもそも語れません。
ただ、私が困ったのは、そこからでした。
事業の成り立ちを整理しようとして、誰に、何を、どのように解決して、いくらで提供するのか、という四つの枠に入れようとしたところ、どこにも入りませんでした。
四つのうち一つが弱いのではなく、四つとも埋まりませんでした。
これまでこれでうまくやってきた、とその方はおっしゃいました。
ではうまくいったお客様は誰で、うまくいかなかったお客様は誰なのか、と伺いました。
うまくいった話は出てきます。
うまくいかなかったパターンは出てきません。
成功例だけを語れて、失敗の型を説明できないとき、私はそれを再現性とは呼べないと考えています。
同じような相談を、これまでに30件以上ほど受けてきました。
数字の裏づけも伺いました。
実績が整理されていませんでした。
売上を出してきたという話はあります。
ただ、どのお客様がどんな理由で買ってくださって、そのあとどう反応されたのか、という話が出てきません。
お客様の反応を具体的に語れないのであれば、次のお客様に何を約束できるのかも決まりません。
そこで最後に返ってきた言葉が、伝わる人には伝わる、でした。
率直に申し上げて、私はその一言で、会話が終わったのを感じました。
これは説明ではなく、説明を打ち切るための言葉です。
相手の事業を詳しく知らない私に向けて、その言葉が出たとき、信頼関係の土台がまだ無いということが、はっきりわかりました。
これは私の推測になりますが、あの場でほしがられていたのは、お客様ではなく、始めるための資金だったのではないかと思います。
売上がほしいという気持ちは、当然わかります。
ただ、お客様に何を提供できるのかが自分の言葉になっていないと、ホームページで何をゴールに置くのかが決まりません。
最終的にどこまで仕上げたいのかという事業の構想が無ければ、なおさら決まりません。
あのとき、ゴールとして置けたのは、無料相談への申し込みだけでした。
それが最善だったからではありません。
ほかに置けるものが、一つも残っていなかったからです。
ここで、私自身の取り分も書いておきます。
私はホームページの改善提案を仕事にしています。
この記事を読んで、うちのサイトのどこを直せばいいのか、と問い合わせてくださる方がいれば、それはそのまま私の売上になります。
ですからこの記事は、中立な立場から書かれたものではありません。
業界の取り分の話を書きながら、自分の取り分を書かない記事は、勘のいい経営者ほど見抜きます。
語れるのに書けない、という状態があります。
これは能力の差ではありません。
場の違いです。
対面で語るときは、相手の顔を見ながら軌道修正ができます。
相手が首をかしげたら言い方を変えられますし、興味を持った話題を広げることもできます。
長く話しているうちに、相手のほうが理解しようと歩み寄ってくれることもあります。
だから、多少ぼんやりした説明でも、その場では成立してしまいます。
ホームページは、その助けが一切ありません。
こちらが黙っている状態で、相手が勝手に読んで、勝手に判断して、勝手に去っていきます。
首をかしげた瞬間に、閉じられて終わります。
語りの場で許されていた曖昧さが、そのまま失注として跳ね返ってくる場所です。
ついでに、経営者の本音のところも書いておきます。
私が話を伺っていて感じるのは、多くの社長がほしがっているのは、注文そのものより先に、わかってもらうことだということです。
自分がやってきたことの値打ちを、誰かに正確に言い当ててほしい。
だから説明が長くなります。
だから同業と比べたときに見劣りするサイトが我慢できません。
社員に見せたときに、いいですねと言われるものにしたくなります。
この気持ちを消す必要はまったくありません。
消せるものでもありません。
向ける先だけを変えれば済みます。
わかってほしい相手を、社員や同業から、たった一人のお客様に付け替えるだけです。
その一人が読んで、これはうちのことだ、と思うページができたとき、社員は勝手に誇りに思います。
順番が逆になっているだけです。
やることは、一文を書くことです。
このサイトを見た、誰に、何をしてもらうのか。
この形で一文にします。
書くときの条件が一つあります。
主語を自社にしないでください。
うちの強みを伝える、うちの世界観を表現する、という書き方をした時点で、その一文はゴールではなく感想になります。
主語は必ず相手です。
たとえば、こういう形になります。
創業して数年で、人が採れずに困っている製造業の社長に、採用ページの相談フォームから連絡してもらう。
ここまで絞ると、載せるものと載せないものが自動的に決まってきます。
会社の歴史は、その社長の判断に効くなら載せますし、効かないなら削ります。
判断の基準が一つになるので、社内の議論も短くなります。
そのうえで、数える数字を一つだけ選びます。
選んだら、それ以外は見ないと決めます。
なぜ一つに絞るのかというと、二つ以上あると、都合のいいほうだけを見るようになるからです。
問い合わせが減った月には、閲覧数が増えたと言い出します。
閲覧数が落ちた月には、問い合わせの質が上がったと言い出します。
どちらも嘘ではありません。
だからこそ、たちが悪いところがあります。
数字を複数持つというのは、言い訳の選択肢を複数持つということです。
この一つの数字は、制作会社に選ばせないでください。
決めるのは、その数字が動いたときに事業が本当に良くなると言い切れる人、つまり社長本人だけです。
具体的な手順にします。
見積もりを取る前にやってください。
順番が逆になると、制作会社の提案書の枠に、自社の事業を合わせる作業になります。
一日目。
社長が一人で、紙に向かって三十分だけ時間を取ります。
制作会社も社員も同席させません。
さきほどの一文を書きます。
この時点では、まず間違いなく、うまく書けません。
うまく書けないことがわかるのが、この三十分の成果になります。
二日目からの二週間。
直近一年で受注できたお客様に、社長本人が三件、電話をかけます。
担当者に代行させないでください。
聞くのは三つです。
何がきっかけでうちを知ったか。
ほかにどこと迷ったか。
最後の決め手になった一言は何だったか。
三つ目が、いちばん使えます。
お客様の口から出てくる言葉は、こちらが用意していた説明より、たいてい短くて具体的です。
三週目。
失注したお客様に二件、電話をかけます。
ここは気が重い作業になります。
ただ、断られた理由には、自社が何屋だと思われているかが、いちばん正直に出てきます。
うちは高いと言われたのか、うちは何をしてくれる会社なのかわからなかったと言われたのか。
この二つは、まったく違う話です。
前者は値段の問題ですが、後者は、そもそも土俵に乗っていなかったという話になります。
四週目。
集まった五件分の言葉を並べて、一日目に書いた一文を書き直します。
ここで初めて、他人の言葉が入った一文になります。あわせて、数える数字を一つ決めます。
五週目。
その一文と、その数字を持って、制作会社に会いに行きます。
ゴールはこちらで決めています、数える数字はこれ一つです、この二つを満たす作り方を提案してください、と伝えます。
この伝え方をされて嫌がる制作会社があれば、そこは外していいと思います。
まともな会社ほど、ここが決まっているお客様を歓迎します。
決まっていない相手を担当するのは、実は先方にとっても、修正が延々と続く不幸な仕事だからです。

ホームページを見ているのは、見込みのお客様だけではありません。
取引先の担当者が見ています。
銀行の担当者も見ています。
採用に応募しようとしている人は、求人票よりも先に、たいてい会社のサイトを開きます。
だから、判断に迷ったときに使える物差しを一つ持っておくと楽になります。
そのページを印刷して、明日の商談で、目の前のお客様に手渡せるでしょうか。
取引先の担当者に、これがうちですと言って渡せるでしょうか。
手渡せないものが載っているとしたら、それはたいてい、業界一位という根拠のない言い方や、今だけという煽りや、実態より大きく見せる書き方です。
紙にして手渡す場面を想像すると、こういう表現は急に恥ずかしくなります。
恥ずかしくなる感覚のほうが正しいはずです。
安売りしません。
煽りません。
盛りません。
この三つを守ったまま成果を出すには、結局、誰に何をしてもらうかを絞るしかありません。
絞れば、大げさな表現をしなくても、その一人には届きます。
絞れないから、全員に向けて声を張り上げることになります。
ホームページで結果が出ない会社と、出る会社の差は、制作会社の腕の差ではないことがほとんどです。
発注する前に、誰に何をしてもらうのかを、社長が自分の言葉で決めているかどうか。
そこで、ほとんど決まっていると思います。
決めるという仕事は、面倒で、孤独で、誰かに褒められることもありません。
決めないまま進めても、その週は何も起きません。
だから、多くの会社で、決めるという仕事だけが宙に浮いたまま、制作だけが進んでいきます。
ただ、この仕事は外注できません。
デザインは外注できます。
文章の整え方も外注できます。
誰に向けた会社なのかという判断だけは、社長の中にしかありません。
そこを外に渡した会社のサイトは、どれだけ見た目が整っていても、読んだ人に、この会社は何屋なのかがわからないという印象を残します。
会社の品格は、何を言うかよりも、何を言わないと決めたかに出てきます。
誰を相手にしないのかを決めた会社は、言葉が短くなります。
短い言葉は、まねができません。
伝わる人には伝わる、と言わずに済むように、伝えたい一人を先に決めておく。
始めるのは、紙一枚と三十分です。